本物のパロディは、元ネタ不明でも面白い - Fate公式コミカライズ担当作家:磨伸映一郎(後編)
2015.10.02
クリエイターズインタビュー第二弾は大ヒットゲーム『Fate/stay night』(TYPE-MOON)の公式コミカライズである『氷室の天地 Fate/school life』の作者である漫画家、磨伸映一郎さんです。
インタビュー前編では
など、漫画家デビューの裏話や気になるお仕事事情について伺ってみました。磨伸さんのファンはもちろん、これから漫画家を目指す方や大ヒットメーカー『TYPE-MOON』に興味がある方にもお楽しみいただける内容でお届けします。
―― 漫画家を目指したきっかけを教えてください。
「いつ頃からなのか」は自分でも明確にわからないですね。物心ついた頃には、ノートに4コマ漫画の真似事みたいなものを描いていたような子供でした。それで完成したものを友達に見せて笑ってもらえる事がただ面白かったんだと思います。自分の頭で考え、手で作ったもので、誰かを笑顔にできる。それが面白くて、嬉しくて、やめられなくなって、「ああ、きっと自分は大人になったら漫画家になってるんだろうな」という根拠の無い自信を胸に抱きながらその後も漫画を描き続けているうちに、気がつけば今に至っている次第です。
私の少年時代は『キン肉マン』や『ジョジョの奇妙な冒険』といった名作群が贅沢に名を連ねて毎週掲載されていた「ジャンプ黄金期」の直撃世代でした。この時期の豊かな漫画体験は、間違いなく今現在の自分を形作る血肉となっているのですが、そこから更に時間を遡(さかのぼ)って幼少時代に「芯」を構築するほど影響を受けた作品は?と考えると、1つのタイトルが思い当たります。
今から思えば幼稚で失礼な話なのですが、幼少期に持っていた「4コマ漫画」のイメージは無難で適当な時事ネタや季節ネタを交え、後はとにかく4コマにまとまっていればいい……という非常に浅い認識しか持っていませんでした。
ですがある日、まだ読売新聞で『コボちゃん』の連載すら始めてなかった頃の植田まさし先生の『フリテンくん』をたまたま目にしてとんでもない衝撃を受けました。
子供には刺激が強すぎるぐらいの“毒”のあるネタの数々。軽妙なネタのヒネり。「無難ではない事」の面白さ。
麻雀ネタはルールをまったく知らない当時の自分では、内容を正確に理解することができなかったのですが、それでも「わからない!わからないけども、このネタが面白いという事はわかる!!」と納得できるほど「元ネタがわからないのに面白いと感じさせる底力」のすごさがありました。
植田先生は今でこそ4コマ漫画界の大重鎮として、日本で知らない人はいないという域の大先生ですが、幼少の頃の自分としては「初めて出会った先鋭的な漫画を描かれる方」として非常にリスペクトを覚え、漫画を描くにあたっての根底も根底、基礎土台にあたるものをこの時に植田まさし先生の漫画から学んだのだと思います。
――商業作家デビューの経緯を教えて下さい。
決め手は「縁」でしたね。幼少の頃から漫画を描き、中高の頃に同人活動を始め、大学漫研で色々実践してと執筆活動を途切れる事なく続けていた事で生まれたご縁によってとある先生に「商業アンソロジー漫画を描いてみないか?」と声をかけて頂き、そして紹介して頂けたのがラポート(※1)の有名な編集長だったんです。
その方が初めての担当編集になって下さったことがとてつもない幸運でした。
なにせこの業界の生き字引の様な方で、サブカルチャーに対する知識量が半端無かった為、こちらが「伝わらなくてもいいから」的に忍ばせた細かいパロディでも「ああ、これは○○で、何年放送で、その製作スタッフの○○さんと言えば■■ですよね」と物凄い勢いで知識補強して下さるんですよ(笑)。
もうどれだけ勉強になると同時に、「ああ、この業界で生きていくにはこれくらい知識量いるんだ!」と姿勢そのものも学ばせて頂いた事か!!
その編集長がパロディで攻める方向性と、眼鏡ッ娘キャラが心底大好きだという点を隠さず強みとしてやっていきなさいと背中を押して下さった事で、今現在も漫画家を続けられているのだと思います。
※1 通信販売や直営店舗によるアニメ・ゲーム関係のグッズの販売と、雑誌やコミック・アンソロジーなどの出版を業務していた日本の企業
―― その後、商業アンソロジー本でお仕事をされていた磨伸さん。有名作品のコミカライズのお仕事は、どのような経緯でスタートしたのでしょうか?
当時は商業アンソロジー本でよく依頼を頂いていた一迅社さんが新たな4コマ専門雑誌『まんが4コマぱれっと』を創刊し、見本誌を一冊送って頂きました。で、雑誌の次回予告ページには「第二号からなんとFateの4コマ漫画連載も始まるよ!」と宣伝されておりまして、それを「へぇ、面白そうな企画やるなぁ。一体誰が担当するんだろう?」……などと思っていたところに当時の担当編集さんから電話がかかってきて、
「君だよ」
と言う(笑)。
果報は寝て待てというか、むしろ果報が向こうからダンプに乗って壁を突き破りつつ突入してきたというか!!
後々聞いてみると、一迅社さんとTYPE-MOONさんの間で「誰に漫画を描いてもらうか」をギリギリまで詰めていたそうで、様々な候補の方の中から最終的に自分に白羽の矢がたったとのことでした。ありがたいやら、もっと準備期間が欲しかったやら(笑)。
人気シリーズ『Fate』の4コマなので、作品のメインである聖杯戦争の時期を根幹に据えた上でその時三人娘は何をしていたか?を描こうと当初は考えていました。しかし、当時の担当さんに「いや、それだと連載が速攻で終わってしまうじゃないか」と言われネーム第1案はボツ。「ならば、1年前からスタートにしましょう!彼女達が2年生になったばかりの春からスタートするんです!」という第2案がそのまま採用となり、あの第1話となりました。
理由のひとつは氷室さんが眼鏡ッ娘キャラだからですね!!(笑)
『Fate』ではライダーや凛も眼鏡をかけますが、パートタイムではなくフルタイムで眼鏡をかけるキャラと言えば氷室鐘しかいなかった。ならば自分はこのキャラを推していこう、と。
とにかくもう眼鏡をかけたキャラが好きで好きでたまらないんですよ。
本来ならメジャーどころのキャラを推した方が漫画としてのマーケティングは正しいかも知れませんが、自分の「好き」を全力で投入できる氷室、実はメインに負けずキャラの立っている蒔寺、多くのファンに癒しを与える慈母的存在の三枝…と、改めて注目してみると実は素で魅力的な面々だったんです。
だからこそ、出番がワンシーンしかないモブキャラである「三人娘」にあえて焦点を当て、再発見と再確認をして頂きたいと強く決めていました。
メインキャラを用いた真っ当な『Fate』の漫画は、自分よりもっと上手い人が物凄いクオリティで描いて下さるに違いないと。沢山の作家さんからあえて私を指名して下さったのは、期待されたものが「真っ当ではないFate」だからだろうと。ならば、既に完成している大通りを華麗に歩くのではなく、最高に賑わっているお祭り広場に通じる道を今から開拓してやるぞ、という意気込みで隣の山から手にもった鎌でまず草むら切り分けていく所から始める気持ちで取り組みました。
結局、この開拓事業、そのお祭り広場に到達するまで10年かかったんですが…。(笑)
―― 軌道にのった漫画の他に、連載した番外編についてもお聞かせください。
『マキジ』は本編の番外編としてWEB上で掲載した漫画です。紙媒体に囚われないネット連載だからこその自由度を最大に活かして、完全に不定期連載というか、必要な時に必要な量を載せて頂くという変則的な製作をしております。本編主人公である「氷室鐘」に対し、第二ヒロインとも言える「蒔寺楓」側が本筋の裏側でどう動いていたのか、また氷室が絡まない局面で一体何をしでかしていたのか、という本編シナリオ展開の援護射撃、もしくは補強剤のような使い方で制作しています。
先日ufotableさんによって制作されたTVアニメ版『Fate/stay night[Unlimited Blade Works]』では、三人娘の設定や状況が本編と少し違うパラレルになっていたので、これはこれで逆にいろいろできるな…と気付き、TYPE-MOONの奈須きのこさんや、『Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ』を執筆されている桜井光さんとワイワイガヤガヤ打ち合わせをしてアニメ版設定を融合させた『マキジ大作戦ライジング』をやらせて頂きました。コミカライズは本編となる元ネタあってのことなので、原作へのリスペクトを忘れずに、かつ柔軟に内容が生み出せる点が醍醐味とも言えますね。
これはアンソロジー漫画に参加していた頃のお話なのですが、様々なメーカーさんによって「コミカライズ自由度」は相当違います。画面の遠くにいるような、情報量がほぼない小さなキャラ絵にすら「例え省略形のキャラ絵でも、この制服のこの部分のラインはちゃんと設定通りの形で描いて下さい!」という細かい駄目出しが出た所もありましたし、題材とまったく関係ない映画ネタをドカンと投入しても「本当は駄目なんだけど、笑ってしまった以上は認めざるを得ません!!」と笑顔のサムズアップで許可してくださるおおらかな所もありました。TYPE-MOONさんは思いっきり後者です(笑)。
TYPE-MOONさんは「いっしょに作品を作っていこうぜ!」感がどこのメーカーよりも強く、『氷室の天地』やドラマCD脚本の監修などでも、私が投げた暴投気味な変化球を華麗にキャッチして下さるどころか、むしろ「このネタ使うなら、更にこういったネタを投入してみたらどうカナ!?」という超危険球を剛速球で投げ返してくる事もしばしばあるので衝撃波で吹き飛ばされながら『いいのコレーー!!??』と狼狽しつつも満面の笑みで加えた事も一度や二度ではなかったというか。
お付き合いさせて頂いて、ここまで面白く、気持ちの良いメーカーさんはなかなか無いです。この出会いと今の関係性は、本当に幸せだと思います。
漫画家、脚本家。眼鏡とアニメ、映画、ゲームなどのパロディネタをふんだんに使う作風である。2006年から『まんが4コマぱれっと』(一迅社)にてFate公式コミカライズ『氷室の天地Fate/school life』(監修TYPE-MOON)を連載中。2011年からは『氷室の天地 Fate/school life 番外編 マキジ大作戦』を『まんが4コマぱれっとonline』にて不定期連載中。ドラマCDであるFate/Zero『アルトリア・ロマンス』(角川書店「コンプティーク」2012年7月号特典)やFate/hollow ataraxia『あるいは怪物という名の食卓』(角川書店「コンプティーク」2014年8月号特典)等々の脚本も手がけている。ゲームでは『フェイト/タイガーころしあむ』(カプコン 2007年9月13日発売、一部シナリオを担当)などFate作品を中心に活躍の場を広げている。
▶所属同人サークル『んじゃめな本舗』(http://www.jttk.zaq.ne.jp/ndjamena/top.htm)
▶Twitter @eiitirou (https://twitter.com/eiitirou)
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