「連載するのは、『君』だよ」- Fate公式コミカライズ担当作家:磨伸映一郎(前編)
2015.09.29
クリエイターズインタビュー第二弾は大ヒットゲーム『Fate/stay night』(TYPE-MOON)の公式コミカライズである『氷室の天地 Fate/school life』の作者である漫画家、磨伸映一郎さんです。
前編の「連載漫画家への道のりとは? 大人気作品公式コミカライズ担当作家:磨伸映一郎(前編)」に続いて、
インタビュー後編では
などをお届けします。
漫画家志望者必見であることはもちろん、クリエイティブな仕事をしている方や志望者の方でもお楽しみできる内容です。
下書きからペン入れまではアナログで行い、その後スキャナで取り込んでPC上のコミックスタジオとPhotoshopで仕上げています。液タブはwacomのDTZ-1200Wですね。
――お仕事の他にアマチュア(同人活動など)としての活動経験も豊富ですが、プロ(商業活動)とアマチュアでの違い、棲み分けで意識しているポイントを教えて下さい。
切り替えのポイントはブレーキを何処で踏むか、ですね。面白さにつながるのならネタのアクセルは常に踏みっぱなしなんですが、商業だと流石にヤバイという部分ではガードレールに車体をぶつけながらでも無理矢理ドリフトで曲がります。プロのお仕事は、どんなに面白いと思っても出版社さんや版権元さんにも迷惑がかかるとNGです。車に乗っているのは自分一人ではない。助手席や後部座席に誰かが乗っている。ならば無茶のしどころにも限度があります。
じゃあ自分一人の裁量でどうとでもなる同人(アマチュア)活動の場合ならどうするか?
決まってます。
目の前が谷底だろうがブレーキではなくアクセルを躊躇(ちゅうちょ)無く踏み込むだけです。
――プロ(商業活動)とアマチュア(同人活動など)の両方を続けるモチベーションはなんでしょうか?
たぶん自分の中では商業活動と同人活動が相反する別物というよりは自分が描きたいもの・やりたい事がプロでできる事なのかアマでやるべき事なのか、その最適の“出力方法”が2つある…と認識しているだけの話なのかもですね。
ネタ出しをしていて、電撃が走る。なにかをおもいついてしまった!!
それは同人だからこそできる事なのか?商業の場でやるからこそ無茶な企画なのか?
「面白い」を全力で追求できる手段を自分の手で狭めてしまう必要性なんて皆無ですから、
選択肢は多いに越した事はないと思います。
▼アクセル全開の磨伸映一郎さんが所属する同人サークル『んじゃめな本舗』はこちら!
http://www.jttk.zaq.ne.jp/ndjamena/top.htm
―― 漫画のネタの出し方を教えてください。
アイデアを生み出すものは、日々の情報収集にかかっています。本でもTVでも映画でもネットでも何でも構いません。自分的に興味があろうがなかろうが、今現在描いているものと関係あろうがなかろうが、面白いと感じた物や興味深いと心惹かれた物を「さわり」だけで良いので記憶に留めておくなり、ネタ帳に書くなりしておけばいいんです。
その事柄の何もかもを記憶するのは無理ですし、逆に小回り効かなくなる可能性があるので、本当に「さわり」だけです。個人的にはこれを「脳内にトリガー(引き金)だけを無尽蔵に用意しておく」と呼んでいます。ネタを練っている際、まったく予想外なトリガーが反応して発射された無駄知識が、自分でも想定外なネタの肉付けとなったり、複数のトリガーが連鎖反応を起こして極小のネタを広大な面積のネタへと生まれ変わらせたりすることもあります。
具体例を挙げれば、御飯を食べながらなんとなく見ていたニュース番組で目にした「侵略的外来種としてのアライグマの脅威」という数分の特集が興味深かったので、何故アライグマが日本にやってきたのか、実際どんな被害をもたらしているのか、「あらいぐまラスカル」との関連性は?と調べていくうちに「これは面白い」と思ったので、アライグマというトリガーを作っておいた事が、後の『氷室の天地』の展開の一角に強く影響を与えました。もしあの時「これは『Fate』とまったく関係無いよね」と切り捨てていれば、漫画の展開そのものが激変していた可能性すらありますよね。
とにかく貪欲に無駄知識を蓄える事をオススメします。漫画や映画やゲームといったサブカル方面はもちろん、社会、芸術、経済、科学、なにもかもがいずれ貴方の武器にも盾にもなりえます。
―― 磨伸さんならでは作風、強味は何だと思いますか?また、お仕事へのこだわりをお聞かせください。
私の持ち味は「パロディ」の使い方だと人によく言われます。ただ、一口にパロディと言っても「どうひねるのか」「如何(いか)にして意外性を持たせるのか」を忘れてしまうと、単に誰でも知ってるスラング的なものを羅列しているだけ……という事になってしまいますので、調理の仕方には気をつけないといけないですね。
例えば、使いたい“元ネタ”が高級黒毛和牛のような豪華な一品クラスだったとしても、その生肉をドカンとテーブルに置いただけの代物を誰が率先して食べたいと思うのか。焼き加減は?使うべき調味料は?サイドメニューは?盛りつける皿はどんなものを?……考えるべき事は山ほどあります。
パロディを理解してもらう、というのは元ネタを一種の共通言語として共有しているようなものです。様々なアニメの名シーン、漫画やゲームの名文句など、先人の作り上げた財産をたくさんの人が知っていて、息を吸うのが当然のように自然と受け入れている状態ですね。
ですが、その共通言語があまりに知名度が高すぎて調理方法も目新しいものでないなら、読者様には「これ別の誰かがネタにしているのを見た」と思われるだけですし、逆にマイナー過ぎたり一過性すぎるものだった場合は早期に激しく風化してしまう危険性も孕んでいます。取捨選択は本当によく推敲しないとまずいですね。もしくは先程の話題通り、できるものなら「元ネタが解らないけれども面白い事は解る」域にまで高めるか。
得てしてパロディという芸風は「人のふんどしで相撲をとっているようなもの」という否定的な意見もあります。でも、確かにふんどしは人のものかも知れないけども、相撲を取るのは誰でもない自分自身の肉体だから、勝つか負けるかは己の力量だよという事を自分に言い聞かせつつ、より面白く使えるようにスキルを磨いていきたいと思います。
――漫画家になって良かったこととは?
いろんな方に笑顔になってもらえるお仕事に就けているという事そのものが、本当に幸せなことですよね。ネット、紙のお手紙、サイン会会場などのリアルな対面ででも「あのネタで爆笑しました!」なんて感想を頂戴できれば嬉しさしかないですし、コミカライズ系ならばそのメーカーさんに「良かったです!」と笑顔で言って頂ければ恐悦至極ですし。漫画って、つらい日常を忘れてひとときの非日常へ、もしくは非日常的な現実に陥ってしまった際に日常へと戻れるきっかけとして……そんな橋渡しすらできる力があるんですよ。
それに初詣の時、お賽銭を入れて「今年も、多くの読者様に笑顔を提供できますように!」なんてお願いができるって、素敵じゃないですか。
――漫画家になって大変だったことや困ったことは
皆無ですね!!!(キッパリ
基本的に、「継続は力なり」という意志の力と、「根拠のない自信」という心の燃料の2軸が必要だと思います。これは漫画家だけではなく全ての職業に就く上で必要な共通の話な気がしますが、行動を伴わない「根拠のない自信」は何もやらない事の言い訳にしかならず、燃料の無い「継続」はどこかで力尽き、心がへし折れてしまう可能性があります。
「そうなっている事が当たり前だ」という未来の姿を根拠がなくとも心に思い描き続けましょう。そこに近付くために継続していけば、いつか必ず目指す場所へと到達できるのではないでしょうか。
目指すものが1つある、ならばあとはただ真っ直ぐ歩いていくのみ、です。
これからプロになりたい方に伝えたいのは、まず締切の厳守です。社会人として当然のルールであると同時に、「画力」や「ネタ構成力」と肩を並べる、漫画家としての強みになるはずです。
自分も漫画家人生において、これまで無断で締切を破るような事は皆無、むしろ締切より何日早めに出せるか…といった姿勢で続けています。そのお陰で「手が早いなら、ちょっとこれもやってみて欲しい」とか「他の先生が動けなくなってしまったからヘルプで入って欲しい!」というチャンスを多く頂いております。
締切破りの常習犯ではそういった恩恵を受けられないどころか、既に持っているものすら手からこぼれ落ちてしまうかも知れないので気をつけて下さい。
あと、ちゃんと寝ましょう。手塚治虫先生と石ノ森章太郎先生が徹夜自慢をしているところに水木しげる先生が「自分はどんなに忙しい時でも10時間は寝ています。眠ってる時間だけ長生きできるし幸せも睡眠力からわいてくるんですよ!」と説教したというエピソードは有名ですよね。実際、水木先生は91歳でも新連載を始めるほどのバイタリティを持続されてた訳ですから、この説は間違いなく正しいんじゃないかと。
どんなに才能に恵まれていようとも健康を失っては何も描けません。夜型でも昼型でも生活リズムはどうあれ、キチンとした睡眠時間の確保は心身を守る事につながります。ちなみに自分は流石に10時間も寝るのは無理なので、基本8時間睡眠ですね。キチンとしたスケジュール管理のもとに原稿を描いているので、「徹夜」はプロになってから1~2回やったかやらないか…です。
「とんでもない入稿時間自慢」や「寝てない自慢」は話のタネとしてはウケますが、確実に、着実に、命を奪うものです。寿命的な意味でも、作家生命的な意味でも。
『オタク』が「なろう!」と一念発起してなるものじゃなくて「気がついたら」なっていたものであるように、『漫画家』も漫画を描き続けていれば「気がついたら」なってるものかも知れません。
漫画を描く事が苦痛でないなら、自身の内面から漫画を描きたいという欲がとめどなく湧き出てくるならしめたものです。
「好き」を全力で続けて下さい。「大好き」を全力で表現し続けて下さい。
気がつかないうちに己の存在は『漫画家』に、きっと成っていますよ。
漫画家、脚本家。眼鏡とアニメ、映画、ゲームなどのパロディネタをふんだんに使う作風である。2006年から『まんが4コマぱれっと』(一迅社)にてFate公式コミカライズ『氷室の天地Fate/school life』(監修TYPE-MOON)を連載中。2011年からは『氷室の天地 Fate/school life 番外編 マキジ大作戦』を『まんが4コマぱれっとonline』にて不定期連載中。ドラマCDであるFate/Zero『アルトリア・ロマンス』(角川書店「コンプティーク」2012年7月号特典)やFate/hollow ataraxia『あるいは怪物という名の食卓』(角川書店「コンプティーク」2014年8月号特典)等々の脚本も手がけている。ゲームでは『フェイト/タイガーころしあむ』(カプコン 2007年9月13日発売、一部シナリオを担当)などFate作品を中心に活躍の場を広げている。
▶所属同人サークル『んじゃめな本舗』(http://www.jttk.zaq.ne.jp/ndjamena/top.htm)
▶Twitter @eiitirou (https://twitter.com/eiitirou)
現在『氷室の天地Fate/school life』は1-8巻好評発売中!
『氷室の天地 Fate/school life 番外編 マキジ大作戦』は「まんが4コマぱれっとonline」 (http://online.ichijinsha.co.jp/palette/comic/himuronotenchi)にて無料で購読できます!