2019年7月、全国の総合学園ヒューマンアカデミーにて漫画家・井上淳哉氏によるワークショップイベントが開催されました。
そこで今回の記事では本イベントのレポートをお届け。井上淳哉氏による「漫画家になるための考え方」や代表作である『BTOOOM!』で活用された背景制作テクニックなどをご紹介します。
《プロフィール》
漫画家、ゲームクリエイター、イラストレーター。
高知県四万十市出身で、1992年にゲーム業界へ就職し主に弾幕系シューティングを手掛ける。その後2001年に本格的に漫画家として活動を開始。代表作にアニメ化もされた『BTOOOM!』、さらに『おとぎ奉り』『La Vie en Doll』などがある。2011年に株式会社STUDIOひせくったを起業。
▼目次
井上淳哉氏が語る、漫画家になるための考え方
イベントでは雑誌『イラストノート』編集部の北島氏をモデレーターとし、井上淳哉氏によるトークショーが行われ、漫画家になるための考え方を語っていただきました。
漫画家になるための基盤は経済力
「皆さんは漫画家になることを目指されていると思いますが、僕の経験上、一番の壁は経済的なところだと思っています。
特に上京してきた人は家賃や食費を稼ぐために、アルバイトをしなければならないですよね。その中の余った時間で作品を作らなければなりません。もちろん作品作りにおけるインプットもその中です。
そういった生活の中で、編集担当からダメ出しを言い渡されたときに多くの時間を無駄にしたと感じてしまい、メンタルがやられてしまうケースがあります。
ただ、それは漫画業界では当たり前の世界です。30ページを描くときは100ページぐらいを描くつもりでいないと、面白い30ページは描けないと思うんですよ。つまり、30ページを描くために、30ページ分の時間しか抽出していなかったらデビューは遠のくんですよね。だから意識を高いところに持って、自分の時間をいかに作るかがデビューの秘訣だと考えています。」
―― 難しいところですよね、働きながらどうやって時間を作るのか。
「そうなんですよ。そこでみんな挫折して、特に地方出身者は家賃などの生活費が払えなくなり、実家に帰る流れになります。さらにモチベーションは下がってデビューから遠のいていくケースがあったりします。」
―― モチベーションを高くし続けるにはどうすればよいのでしょうか。
「人によるかと思います。例えば、できるだけ意識が高い人とつるむとか。だからこそ、専門学校はモチベーションを高く維持し続けるためには良い環境だと思っています。
ただ、気をつけないといけないのは足をひっぱる者とつるんだときです。身の回りの誰か一人ぐらいは、原稿が完成しそうなときに遊びに行こうぜって言ってペースを乱してくる人がいると思うんですよね。そんなときは上手く距離をとって、自分の時間を確保してください(笑)」
ヒット漫画を生み出す3つのベクトル
―― 続いて、参加者の皆さんは漫画家志望者とのことで、売れる漫画を生み出すためにはどうすれば良いのかお話いただけますでしょうか。
「僕は漫画をヒットさせるには『3つのベクトル』があると考え、その3つのベクトル(XYZ軸)がそろわないと売れる漫画は作れないと思っています。
その3つのベクトルは『画力・おもしろさ・キャッチーさ』です。」
X軸:画力
「まずはX軸として『画力』が必要です。
この画力というのはデッサンが上手いとかという意味ではなく、読者を引きつけるような魅力的な表現が上手いという意味です。例えば、『美味しそうなカレーを描け』というときに写実的に描いて美味しそうに見えないものよりも、デフォルメ化されていても美味しそうに見えるほうが上手いとされます。
皆さんも絵を描き始めた頃は、この画力さえ磨けば漫画家になれると勘違いしていたかと思います。少なくとも僕は子供の頃そうでした。
その理由は1本のベクトルしか見れていないからなんだと思います。」
Y軸:面白さ
「画力が高まってくると、別のベクトルが見えてきます。それが『面白さ』です。
『面白さ』とは何かと考えると抽象的ですが、僕が思う面白さとは、読者の想像力や感情を刺激して、物語に引き込んでいくことだと思っています。」
Z軸:キャッチーさ
「そして3つ目が『キャッチーさ』です。
昔は画力と面白さがあれば売れると思っていましたが、見渡せばそんな作品はたくさんあります。じゃあ、どうすればいいのか。そのときに気づいたのがキャッチーさです。読者はキャッチーなものでないと買ってくれません。
抽象的なので、何がキャッチーさかというとそれは様々で、『答えはない』と思います。例えば、夏休み旅行にいってフェリーが沈んで、無人島で暮らした体験記を漫画にする。そそういったものは『是非読みたい』と思うモノも、『真似はできない』となります。
では、そのキャッチーさをどうやってみつけるか。それは熟練の編集者すらも答えは知りません。
なぜなら、その人自身の好奇心を刺激するのがキャッチーさなので、人によってキャッチーさとは異なります。例えば、萌系が好きな人のキャッチーさ、BL好きの人のキャッチーさがあります。人それぞれに異なる正体が曖昧なものなのです。」
―― 例えばですが90年代にキャッチーだったものが、今の時代にキャッチーかというとそんなことはないんですよね? それを見つけていくのが大事なんだということで。
「そうですね。流行を追いかけるのであれば、過去のデータを知れば知るほど正解に近づくと思いますが、これはキャッチーさとは少し違います。後追いなので。だから、次の時代に何が来るのかを探っていくのが大事だと思っています。」
漫画家の近道は視野を広く深くしていくこと
「この3つのバランスが取れていることで、絵があまり上手くなくても、面白さとキャッチーさでブレイクはありえます。
過去に経験した感性、楽しさというものがヒントだと思っていて、楽しんで描いたものはわりとキャッチーな作品になると思います。
さらに、その時代で何が求めらているかのアンテナを敏感に立てていきましょう。遊びの時間も漫画に役立てるように、できるだけ視野を広く深くするのが売れる漫画家への近道だと思っています。」
これら内容の一部は、雑誌『イラストノート No.48』に語られています。気になる方はご覧ください。
『BTOOOM!』で活用された背景制作テクニックを伝授
井上淳哉氏の代表作である『BTOOOM!』の世界観はジャングルがメインで、密度の高い背景作画が必要とされる作品です。また、サバイバルゲームが題材のため、立地条件がダイレクトにストーリー展開に影響を与えており、背景が重要な役割を持っています。
その為、細かな背景描写に膨大な時間をかけてしまうので、作画時間を短縮するために多くの背景素材を用意して、時短に取り組んでいます。
そこで第二部では、実際に活用されていた背景制作の時短テクニックについて解説。さらに、イベント参加者限定で素材が配布されるという、非常に実益のあるトピックとなりました。
ジャングルが簡単に描ける制作テクニック
こちらは井上淳哉氏が活用している様々な背景素材の一部です。木や草だけではなく、岩や地面など様々な素材を活用して背景が作られています。
これら素材をもとに制作の流れを見ていきます。
素材配置のコツは生花のようにアクセントの意識だそうです。同じ草ばかりだとバランスが悪いので、大きさに緩急がつけるのが重要とのこと。
背景は手前から奥へと作っていくのがポイントのようです。
素材には手前用と奥用のものがあり、使い分けられています。これは手前用の素材を拡大・縮小しすぎると線の太さが異なり、実際に描いていない雰囲気が出てしまうため、遠・近・中と距離に合わせた素材で線を合わせて、違和感が出ないようにしています。
それ以外にも、武器や屋根瓦など背景の一部を素材化することで作業効率アップに向けて様々な試行錯誤がされていました。
発想力を学ぶ、漫画ワークショップ
井上淳哉氏は「漫画を描くことで重要なのはキャラクターを立てることだ」と語っていました。登場人物がどういうキャラクターなのかを読者に伝えることが、物語を分かりやすく伝える仕掛けになるとのことです。
そこで第三部では「漫画を作る上で大切な発想力を学ぶ」ことを狙いとしたワークショップを実施。
参加者は5分間、テーマ自由で自分の考えたキャラクターを描いていただきました。その後、参加者は井上淳哉氏からキャラクターに関する様々な質問をし、設定を深堀りしていきます。このコミュニケーションを通して、キャラクター設定の発想を膨らませていく流れです。
△ビデオ通話を通した井上淳哉氏と参加者とのやり取り。
例えば、このキャラクターは32歳、無職、旦那は異世界転生したとのこと。直感的にキャラクター設定を考えるので思いも寄らないようなキャラ付けがされているのが分かります。
「人との会話でも面白いキャラが生まれる。漫画の編集担当とのコミュニケーションも同じ」だと語る。他人の目が自分にない発想を生み出しているとのことです。
「皆さん、最初にキャラクターを見たときの印象と、話を聞いたあとで得た印象はガラリと変わったと思います。設定でキャラクターをここまで表現できるということが漫画を作る面白さで一番伝えたかったことです。漫画は絵だけではない、ということを覚えていただければ」と語りました。
漫画家を目指す方へ
そして最後に、漫画家を目指す方々に向けてアドバイスをいただいた。
「漫画家は孤独な仕事です。
ずっと集中しなきゃいけなくて、ストーリーを考えるときはラジオもテレビも聞けないし、短期集中で物語を構成しないといけない。いざ作画に入ったら、ひたすら長い作画労働。
そんな時にラジオやテレビを聞いたり、Skypeとかで友達としゃべると気が紛れます。これはどういうことかというと、左脳で考えながら会話して、右脳を使って反射的に描いている状態です。ですが、反射で描くと絵は上手くなりません。考えないから。
なので集中して孤独な時間を耐えなければなりません。
漫画を描くのは孤独との戦いなので、メンタルをやられないように、モチベーションをいかに維持するか、その体制をとってください。」
総合学園ヒューマンアカデミーの次回イベントは9月16日(月・祝)!ゲスト講師は田中将賀さん!
総合学園ヒューマンアカデミーではクリエイティブ業界の最前線で活躍するクリエイターをゲスト講師にお招きし、無料セミナーを開催しています。
次回は2019年9月16日(月・祝)に新海誠監督の『君の名は。』や『天気の子』、10月公開予定の長井龍雪監督の最新作『空の青さを知る人よ』のキャラクターデザインを務める田中将賀さんにお越しいただきます。
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